爆発的に普及しつつある「バイクフィッティングビジネス」

“LEOMO Type-R”の登場を踏まえ、今日までの状況をまとめてみました。

バイクフィッティングという概念が登場して30年あまりになるそうですが、とりわけここ数年の間にアメリカとイギリスを中心として興味深いバイクフィッティングサービスが爆発的に登場しつつあります。その象徴ともいうべき出来事が2012年1月にロンドンでICS(International Cyclefit Symposium)の第一回が開催されたことでしょう。

このシンポジウムには文字通り世界中の最先端のバイクフィッティングの流派や実践家が集まったそうです。こうした“フィッティングサービスの爆発”ともいうべき状況の背後には、世界中でサイクリングを楽しむ人が増えていること、ツールドフランスを代表とするプロスポーツとしてのサイクリングがビジネスとして大きく成長していることがあります。フィッティングサービスへの需要が質的にも量的にも急拡大しているのです。ここではそうしたバイクフィッティングの最新状況を、歴史を踏まえつつかいつまんでご紹介します。

歴史的にみると、筆者の知る限りもっとも初期のものとしてはフランスのベルナール・イノーがその著書の中で紹介している方法論があります(「ツール・ド・フランスの覇者ベルナール・イノーのロードレース―技術・戦術・トレーニング」 B・イノー著 土屋朋子訳 日本放送出版協会 1989年)。イノーの弟子であったアメリカのグレッグ・レモンも著書の中でフィッティングについて一章を割いています(Greg LeMond’s Complete Book Of Bicycling,  G. LeMond, Perigee, 1990年)。これらは乗り手の体格を測ってそれに応じたバイク形状を提案するというもので、あとで説明するスタティックフィッティングの代表ともいえる方法論ですが、体つきなど乗り手の個別事情に応じてバイクを選定・調整することの重要性がすでに十分に意識されているということができます。ほかにもヨーロッパにいくつか特徴のあるバイクフィッティングサービスがあったようですが、いずれもメカニックやコーチ個々人の技能どまりの規模で、世界的にサービスを拡大してゆくような性質のものではなかったようです。

そのなかにあって、最近シマノに買収され、2015年からシマノブランドで開始されているフィッティングサービスの原型となったバイクフィッティングドットコム(旧称ビオレーサー、オランダ)は例外的にフランチャイズ方式をとっており、自社のサービスをビジネスとして広域展開することを志向していました。ビオレーサーは著作権表示などの資料によればサービス開始を1980年代にさかのぼることができ、もっとも歴史あるフィッティング専門サービスのひとつであるということができるでしょう。

筆者のバイクフィッティングとの本格的な出会いは2002年にさかのぼります。当時勤務していた大手自転車販売会社が自店舗でバイクフィッティングサービスを行うことを企画し、そのためビオレーサー社と契約をしてシステムを導入したのです。当時はインターネット黎明期で、店頭で計測した乗り手のデータをオランダにあるビオレーサー社のサーバーに送って解析をするのに電話線とモデムを使って通信していました。国際通話料が高いので閉口したものです。

その後、アメリカでのスポーツサイクリングの興隆に相伴うようにしてアメリカ発の新しいフィッティングサービスがいくつも出てきました。現在もっともポピュラーなのはおそらくバイクメーカーであるスペシャライズド社(アメリカ)が自社サービスとして展開する「BGフィット」でしょう。BGフィットはスペシャライズドのバイクが販売されている世界各国でひろくサービスを提供している点に特色があり、日本でもここ数年いくつもの有力バイクショップでこのサービスが提供されています。BGフィットのシステムを作り上げたアンドリュー・L・プルーイット医学博士は現在でもスポーツサイクリング関連の医療における世界的な第一人者です。プルーイット博士は遅くとも1993年までにはモーションキャプチャー技術をつかって膝の動きなどを解析しており、そこから派生するかたちでモーションキャプチャー技術を全面的に利用する「リツール」というバイクフィッティングシステムが生まれました。リツールを設立したのはトッド・カーバー氏と仲間たちで、2007年のことです(2012年にリツールはBGフィットの母体であるスペシャライズド社に買収され、二つのサービスはふたたび統合されつつあります)。

1995年ごろから足裏の傾きを補正する「ウェッジ」と呼ばれる器具を制作していたアメリカのポール・スウィフト氏は2006年ごろにバイクフィットシステムズ社のサービスとして「バイクフィット」というフィッティングの流派を設立しました。この「バイクフィット」は日本国内ではサンメリット社の伏見氏が精力的に養成講座を開催され、同資格を持つフィッターが日々増えています。

2003年にはダン・エンフィールド氏が主にトライアスリートを意識したサービスとして「F.I.S.T.」というバイクフィッティングシステムを構築しました。この名称はFit Institute Slow Twitchを略したもので、エンフィールド氏の運営するウェブサイト「Slowtwitch.com」で全容を見ることができます。「F.I.S.T.」の重要性はバイクの寸法についての新しい考え方である「スタック」と「リーチ」を提唱したことでしょう。またフィッティングの手順や方法についての情報を幅広くサイトで無償公開していることで、フィッティングというサービス自体の普及に大きく寄与したのではないでしょうか。ほかにもバイクメーカーのトレック社(アメリカ)と緊密な関係にある「SICI(セロッタ・インターナショナル・サイクリング・インスティチュート)」、カナダのバイクメーカーであるグールーサイクルのフィッティングシステムなどが注目すべきフィッティングサービスの流派として存在しています(トレック社は最近自社のフィッティングシステム「PrecisionFit(プレシジョンフィット)」を開始しています。)。このほかヨーロッパ発のフィッティングサービスとしてはシファック(フランス)などがあるようです。

日本国内では、前述した著者のかつての勤務先の導入例(2002年)がバイクフィッティングの専門サービスの最初期であろうかと思います。2007年に著者が独立し単独でバイクフィッティングドットコムとサービス契約を締結した時点では、筆者の前職場のほかに日本国内にもう1軒バイクフィッティングドットコムとの契約を保有する業者が存在したらしいのですが、その程度の低い認知度にとどまっていました。ところがちょうどそのころ国内自転車メーカーの雄、ブリヂストンサイクルのスポーツバイク部門である「アンカー」の中西研究員がアメリカ・コロラドに調査に赴き、当時世界最先端のモーションキャプチャーを使ったバイクフィッティングシステムを研究していたのです(2006年)。氏のご厚意で拝見した資料でみる限り、これは最初期ないしプロトタイプのリツール・システムであった可能性が高いと思います。中西氏はその後埼玉県上尾のブリヂストンサイクル本社に併設された研究所「アンカーラボ」のなかに、リツールをさらに凌駕する測定機能を備えたモーションキャプチャー型のバイクフィッティングシステムを構築します。これは研究室に据え置きで運用する装置で、乗り手の全身の動きを前後左右など複数のアングルで一気に撮影し全身を3Dモデル化します。映画製作などで使われているのと同じレベルの技術です。しかしこのシステムはあくまでも研究用、一部選手のためのものであったためこの3Dシステムそのものが一般向けのフィッティングサービスに役立てられるものではありませんでした(しかしここで得られた知見をもとにしてアンカーは2010年に全国のバイクショップでおこなうことのできる、より簡便な「アンカー・フィッティング・システム」の提供を開始しました)。

2017年現在、実際に行われているバイクフィッティングサービスは主として身体の観察手法の違いを軸にしていくつかのタイプに分類できます。

(A)体格測定のみ。体格の測定値のみをもとにバイクの組立寸法を導き出すもの。きわめて簡便だが身体の柔軟性や動きの癖などは観察しておらず、こういう事情を分析結果に反映できません。また測定誤差があると結果を大きく左右します。海外ブランドのバイクをカスタムオーダーする場合などにメーカーから提供されて使われています。一部には体の柔軟性を点数で評価したデータを取り込んでいるものもあります(かつてのアメリカのマーリンなど)。

(B)乗車姿勢で静止し、体の関節角度を計測するもの。 シミュレーターや実際のバイクを用いて乗り手に乗車姿勢を取らせ、身体各部の関節角度や寸法などをゴニオメーター(関節分度器)などで測定します。測定の前後に乗り手の動きを目視で観察する機会があるので内容や確実性は大幅に向上します。しかし測定時には乗り手を静止させなければならず、経験上乗り手が静止するときにかかとの高さなど姿勢が変わってしまうことが多いので、実際に動いている場面での姿勢そのものの計測からは離れてしまいます。

上記二つがスタティック(静的)フィッティングと呼ばれています。簡便ですが観察測定時に乗り手の実際の動きを捉えることができないという大きな制約があります。これに対して乗り手に実際に動いてもらいながらその動きや姿勢を観察測定する方式のフィッティングをダイナミック(動的)フィッティングと呼びます。実際に動いている状態での関節角度や動きそのものの癖などを観察できるため、内容が飛躍的に充実します。動きの中で一瞬一瞬の姿勢をとらえたり、動きを繰り返し観察したりすることが必要なため、カメラなど何らかの記録装置を使用します。さらにスローモーションや3Dデジタイズといった特殊な観察方法によってより充実した分析を加えているサービスもあります。

ダイナミックフィッティングはさらに計測するデータの違いに応じて2D(二次元式)と3D(三次元式)の二つのタイプに分かれます。2Dはカメラ1台の動画や静止画の画像を観察するものです。上下左右の2方向(二次元)のみを扱い、画面の奥行を考慮しません(カメラを一つだけ使いつつ、横からの撮影画像と別の機会に撮影した前後からの撮影画像を合わせて考慮にいれる手法をとっていて”3D”と名乗っているシステムも存在します)。2Dのシステムはビデオカメラがひとつだけでよいので競技会場はじめ現場のデータを手軽に取り込むことができ、より臨場感ある分析を行うことができます。そのためすでにスケートや陸上競技など自転車以外の幅広いスポーツで取り入れられており、ダートフィッシュというソフトウェアがもっとも普及しているようです。このダートフィッシュは最近スマートフォン用のアプリを発表しており、いつでも手軽にスポーツのフォームチェックができるようになっているのは素晴らしいと思います。海外のバイクフィッターのなかにはほかのシステムとこのダートフィッシュシステムを併用しているところもあるようです。もっとも2Dではカメラの視野に対する選手の位置など使用条件によって測定誤差が大きく出ることもあり、慎重な運用が求められます。

3Dは二つ以上のカメラからの画像情報を同期処理し、人間の両眼視のように画面の奥行の情報まで取り込む計測手法です。前後上下に加えて奥行きも扱うことができるので“三次元”となるわけです。複数のカメラからの動画を同期・統合することで空間における乗り手の姿勢(厳密には体に設置した撮影用のマーカーの空間位置)を計算するため、きわめて精度高くデータを取得分析することができます。しかし装置が大掛かりになったりデータ処理プロセスに時間がかかったりするという欠点もあります。

3D計測はそのデータ取得方法の違いに応じてさらにいくつかの種類に分かれます。ここからの命名は筆者のつけた便宜的なものです。

(a)カメラを2台だけ使い、カメラから隠れた乗り手の身体の反対側にあるマーカーは撮影できないタイプ(いわば”レリーフ型”)。取得データは奥行きのある浮彫り(レリーフ)のような内容となり、乗り手の身体左右のデータを取るには撮影を左右別々に行う必要があります。前出のリツールはこのタイプです。カメラが二個だけなので二つのカメラの間隔だけ固定しておけばカメラを同期するための設置調整(キャリブレーション)が不要となり、またデータ量も少なめなので3Dタイプの中では作業全体が簡便迅速なのが長所です。とくにリツールでは撮影とほぼ同時に3Dデータが生成されるので乗り手を交えたフィッティング作業全体の流れを妨げません。

(b)カメラを4~6台同期させて全方位から撮影し、体の正面から裏側のマーカーまですべて一気に撮影するタイプ(いわば”完全立体型”)。完成したデータは完全な立体像となり、真上からや真後ろからなど自由に視点を移動して観察できる「スティックピクチャー」(棒線画)形式で表示することが多いです。ブリヂストン・アンカーラボのフィッティングサービスや、多くの医療分野・映像制作分野で用いられる「3Dモーションキャプチャー」はこのタイプにあたります。三次元の現象を高精度にモデル化し分析することができるので非常に強力なツールです。しかしカメラの設置調整(キャリブレーション)やデータ処理が煩雑で作業にいちいち時間がかかり、また機材コストがかさむのが難点です。また一般的には出先での作業に難があり、たとえばプロサイクリングチームが合宿先のホテルでフィッティングに使いたい、といったような現実のニーズにもやや対応が難しい面があります。

(c)カメラによる画像撮影とは異なる計測技術に基づく方法も考えられます(いわば「カメラレス型」)。バイクフィッティング分野ではまだ実用化されていないが、映像・医療分野で使われ始めている最新技術に「慣性式モーションキャプチャー」というものがあります。カメラを使う代わりに、計測される人(アクター)の身体各部に加速度センサーや地磁気センサーといった身体の動きを検知するセンサーを複数取付け、センサーの動きの記録から人体の動きを再構成します。カメラの視野に束縛されないので、レース現場など屋外での実際の走行状態を計測するには最適と思われますし、スポーツや医療、人体工学的研究など広範囲のニーズが見込めるのでいずれ何らかのかたちで手頃なモーションキャプチャーシステムが登場するでしょう。もっとも現状では数百万円以上とコストが高く、また計測精度やバッテリ寿命などいろいろな課題があります。

この「カメラレス型」がついに実現したのが2017年春発表された「リオモ・タイプR」です。

ここまでみてきたのはいずれも乗り手の姿勢の動的計測でしたが、バイクフィッティングのためにほかの項目を動的に測定する技術・サービスが近年いくつか台頭しています。

(d) サドルや足裏にかかる圧力の分布や推移を観察することでよりよい乗車姿勢を提案しようとする手法(プレッシャーマッピング。圧力分布測定)。ゲビオマイズドgebioMized(ドイツ)がこの代表で、同社は2013年にはプロチーム・カチューシャにサービスを提供しており、現在は前出のトレックPrecisionFitにも構成要素として取り入れられているようです。足裏やサドルにあたって体が痛む部分は多くの場合圧力が高くなりすぎているそうで、そういう個所をホットスポットといいます。機材の調整やインソールの使用などでこのホットスポットを解消することで痛みのない快適なサイクリングを実現しようとするものです。

(e)実際に乗り手に走行させながら空気抵抗を測定し、機材やフォームを最適化させる手法(空気抵抗測定)。アメリカのEROスポーツというフィッティング業者がロサンゼルスの自転車競技場を使用して行う同種のフィッティングサービスを数年前に稼働しました。このEROスポーツはカナダのアルファマンティスAlphamantis社の開発した空気抵抗測定技術を使ってそのフィッティングを行っているそうです。たいへん大がかりな測定分析手法ですが、速度が上がってくると自転車の走行抵抗のうちで空気抵抗が圧倒的に優位になってきますので、とりわけタイムトライアル系競技に関してきわめて強力なフィッティング手法といえるでしょう。2014年9月18日、スイス・グレンヘンのヴェロドロームでイェンス・フォイクト(ドイツ、トレックファクトリーレーシング)がアワーレコード(一時間で独走できる距離を競う伝統的なトラック競技)に挑戦、51.115kmを走りUCI(国際自転車競技連合)のルール改正後初の新記録を樹立しましたが、そのトレーニングの過程でアルファマンティスの技術が貢献したと宣伝されています。

(e-2)空気抵抗削減に精力的にとり組んでいるもうひとつのフィッティング流派が、ベルギーのBioracer Motionです。サイクリングウェアブランドであるBioracerの関連サービスですが日本国内ではいまだ未展開です。「レリーフ型」のモーションキャプチャーカメラと、前面からの画像撮影で前面投影面積を算定する手順、gebioMizedのプレッシャーマッピングが含まれているようです。※シマノに買収された前出のBioracerと出自はおなじものの完全に別個のサービスのようです。

このように近年のスポーツバイクの世界的なブームに伴って、世界各地で新発想のバイクフィッティング技術が急速に進展しているのが現状です。

参照情報

gebioMized

Alphamantis

Slowtwitch.com

“Fit System Explosion” by Dan Empfield

Bioracer Motion

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