1-2ドロップハンドルと、その三つの握り位置

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(ドロップハンドル)

 ロードバイクの二番目の特徴がこの「ドロップハンドル」です。このスタイルの格好よさに憧れる乗り手も多いでしょう。しかしよく見るとドロップハンドルはなんとも不思議な形をしていますね。これはなぜなのでしょうか。

握る位置を使いわけるためのかたち

自転車の構造においてハンドルという部品はおもに二つの機能を果たしています。1)乗り手の体を支えること、2)ステアリングを切ることで進路を維持・修正すること、この二つです。これらはいずれも乗り手の体の動きにかかわるものであることから、ハンドルは乗り手がより自由に動けるような形へと進歩してきたと思われます。

自転車が今のようなかたち、すなわち前後同径の車輪があってペダルクランクをこぐ力をチェーンで後輪に伝達する構造(セーフティー型)に進化すると、安定性をはじめ走行性能全般が大きく進歩しました。同時にこの新構造は車体のかたちやサイズに関してある程度の自由度をもたらしたため、乗り手の体格や好みに応じて車体のサイズや乗り手の乗車姿勢をさまざまに調整・設定できる余地が生まれました。この機材の進歩と並行するように道路の舗装状況も改善してきました。こうした事情が相まって乗り手たちはますます長い時間サイクリングを楽しめるようになってきました。そこで“乗車中に姿勢を変更しながら走り続けたい”という新しい需要、ニーズが顕在化したのでしょう。

サイクリングはサドルに腰掛けてする運動なので胴体には大きな動きが起こりにくく、長時間の走行ではともすると同じ姿勢を長く続けがちです。しかしそれではからだが凝ってしまって不快です。そのため長時間のサイクリングでは多くの人が知らず知らずのうちに姿勢を少しずつ変えながら走っており、それに伴ってハンドルを握る位置も微調整しています。今日ミニサイクルに乗っている日常用途の乗り手たちでさえハンドルのグリップではない部分を握って走っているのを時折見かけます。このような乗車姿勢の微調整をするうえで握る場所がいくつも選べる形状のハンドルだと都合がよいということになってきました。

さらにそのときどきの状況に応じて乗車姿勢、とりわけ上体の前傾の深さを意識的に変化させることでいっそう速く走れたり、逆にゆったり走るのに都合がよかったりというように、走るペースの違いに応じて最適な乗車姿勢が異なるいうことがわかってきました。


このような“ハンドル握り位置の調整=乗車姿勢の調整”という「からだの使い方」の有効性を強く意識して、そうした調整が幅広く行えるかたちへと発達してきたのが今日のロードバイクに使われている「ドロップハンドル」です。ロードバイクのドロップハンドルにはほぼ全体にわたってすべり止めとクッション性を考慮したテープ(ハンドルバーテープ)が巻いてあり、どこをとってもきちんと握れるようになっています。

そのうえでドロップハンドルには一般的に使われる握り場所が大別して三種類あります。1)「上ハンドル」、2)「ブラケット」、3)「下ハンドル」です(写真参照)。

(左:上ハンドル、中央:ブラケット、右:下ハンドル)

リラックスして握る上ハンドル

上ハンドルを握る姿勢は上体がもっとも起き上がるので非常に楽な姿勢です。その反面、力走するには力が入りにくく、また高くなった上体に風の抵抗を受けやすい姿勢でもあります。そこで上ハンドルを握るのは、リラックスしてゆっくり走るときやレースのクールダウン時が中心です。例外として登り坂を力走する場合に楽に呼吸するためここを握る者もいます。登り坂ではスピードが落ちるため風の抵抗がさほど問題にならないため当人が力を出せると思えばこのような高い姿勢でも問題はないのです。

また、上体に余裕があるので非常に荒れた路面で体のバネを使って車体の振動を制御する目的でここを握る場合もあります。なおこの握り位置はブレーキレバーから指が遠くなるのでとっさのブレーキングが想定される状況では注意を要します。

汎用性の高い握り位置、ブラケット

「ブラケット」とは「ブレーキレバー・ブラケット」の略でブレーキレバーの基礎部分を指します。これは和製英語の一つで、英語圏では同じ握り位置をHood(フード)と呼びます。ブレーキレバーブラケットにかぶせられているゴムのフード(Brake lever hood)に着目した呼称です。現在のロードバイクでは、このブラケットが事実上標準の握り位置と考えてよいと思います。そのため車体のサイズ調整作業(バイクフィッティング)は原則として乗り手がここを握った姿勢をもっとも重視して行います。

握り位置としてのブラケットの優位性、特権的地位がここまで明確になってきたのはじつのところごく最近のことです。これはブラケットの形状が手のひらにしっくりなじむ、人間工学的にすぐれた形状になったのがつい最近であることが理由でしょう。この人間工学的進歩は1991年にシマノ(日本)がブレーキレバーにシフトレバーも併せて組み込んだ画期的な“手元変速レバー”を実用化したころに一気に加速しました。

ブラケットを握った状態だと、姿勢をやや低くして高速走行したり、逆に上体を高くしてややゆったり走ったり、腰を上げて「立ちこぎ」をしたり、またとっさのブレーキングや変速動作も容易であるなど、いろいろな走り方が可能です。やや低速から最高巡航速度に近いところまで幅広い速度と出力に対応でき、またここを握った姿勢そのものが窮屈さのあまり感じられない比較的楽な状態なので長時間握っていても疲労が少ないという特徴があります。このような“汎用性”がブラケットを標準的握り位置と感じさせる理由です。一般的な乗り手は乗車時間の8割がたか、それ以上をここを握って過ごすといってよいでしょう。

力漕時や下りは下ハンドルで

下ハンドルは別名ドロップともいわれます。ドロップハンドルでもっとも特徴的な握り位置なので、はじめてロードバイクにまたがる人はいきなりここを握るものと思うことが多いですが、ここを握るのは現在やや例外的な場面に限られます。

下ハンドルを握るのは、まずダッシュ時をはじめ大きな力を出そうとする場面です。つぎに強い向かい風に対して体を低くして風をやり過ごそうとするときにもここを握ります。さらに下り坂では下ハンドルを握ることが推奨されます。下ハンドルからは軽い力で強くブレーキがかけられるので確実なブレーキ操作が必要な下りでは安全であるし、また高速になる下りコーナーでは上体を低くして車体全体の重心を下げることで一層機敏な動作が可能になるためです。そこでバイクをフィッティングするうえでは、このようなメリットを生かせるようにしっかり下ハンドルが握れるように調整することも求められます。

なお日本人ではやや例外的ですが、乗り手の身長が180cmを超えるような場合には通例よりも頻繁に下ハンドルを握るスタイルのほうがむしろしっくりくる場合もあります。これは体全体のサイズが大きいので体格との比率の観点からハンドルのドロップ部分のサイズが小さめということになり、一般例とくらべて下ハンドルを握ることに対して余裕が生じていることに基づきます。


これら三つの握り場所にはおのおのある程度の握り幅があります。たとえばブラケットのやや先端部分を握ることもできるし、体に近いブラケットの根元部分を握ることもできます。下ハンドルではブラケットのすぐ下、ハンドルのいちばん奥を“後ろから前に手を突っ込むように”握ることもできるし(こうするとブレーキが掛けやすい)、反対に下ハンドルの末端に近い部分を“上から手のひらを置くように”握ることもできます(こうするとすこし楽に下ハンドルを握っていられるほか、ハンドルを上に引き上げるような方向に力を加えやすい)。このようにドロップハンドルでは、状況に応じて代表的な三つの握り場所のなかでもさらに握り方を微調整できるようになっています。

このようにドロップハンドルは幅広くさまざまな握り方ができるのですが、それは握り方の変更に伴って乗り手の姿勢が幅広く変えられるということを意味します。そして乗車姿勢がいろいろ変えられることは、“望みどおりの速さや快適さで走れるかどうか”にたいへん大きな影響を及ぼすのです。「そのときどきで最適な乗車姿勢を幅広く選ぶことができるので、さまざまな条件のもとでより快適に、高速で走ることができる」という点は、すでに出てきた「姿勢を変えられるので長時間同じ姿勢でいることによる疲労不快を避けられる」という点に勝るとも劣らないドロップハンドルの特長であるということができます。そのため上り下りやコーナーなどの多様な走行条件のもとで長時間走り続けて速さを競うロードレースの世界ではこのドロップハンドルを使うことにたいへん大きなメリットがあり、必須の装備とされています。乗車姿勢の重要性についてはあらためてくわしくみていきます。

(続く)


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